「もしコルビュジエがAIで設計したら」—Midjourneyで検証する建築の未来

「もしコルビュジエがAIで設計したら」—Midjourneyで検証する建築の未来

「近代建築の五原則」をAIに学習させたら?

もしル・コルビュジエが現代に生きていて、MidjourneyやStable Diffusionといった画像生成AIをツールとして手に入れたら、彼はどのように使いこなしたでしょうか?彼の建築理論の核である「近代建築の五原則」—「ピロティ(柱で持ち上げられた空間)」「屋上庭園」「自由な平面」「水平連続窓」「自由な立面」。これらをプロンプト(指示命令)としてAIに入力すると、わずか数秒で無数の「コルビジェ風建築」が生成されます。

AIはインターネット上の膨大な建築画像を学習しているため、彼のスタイル、例えば白い直方体や幾何学的な構成を模倣するのは非常に得意です。しかし、単にスタイルを真似るだけでは、コルビジェの本質には到達できません。彼にとって「五原則」とは、単なるデザインのルールではなく、鉄筋コンクリートという新しいテクノロジーを使って人間を解放するための「革命の宣言」でした。AIが生成する画像には、その「思想的背景」が含まれているでしょうか?ここには、人間の創造性とAIの模倣の間に横たわる、興味深い断絶と可能性が見えてきます。

Midjourneyが描いた「2025年のサヴォア邸」

実際に「2025年の未来に建てられるサヴォア邸」をテーマに、AIで画像を生成実験を行ってみました。するとAIは、私たちが見慣れた白い箱型のサヴォア邸だけでなく、流線型の有機的なフォルムや、外壁が植物で覆われたバイオフィリックなデザインを提案してきました。

これは非常に興味深い結果です。なぜなら、コルビジェ自身も晩年は「ロンシャンの礼拝堂」のように、直線的なモダニズムから離れ、自由で彫刻的な造形へと作風を変化させていったからです。また、彼はインドのチャンディーガル都市計画において、風や太陽といった自然環境との共生を深く追求しました。AIが提案した「緑に覆われたサヴォア邸」は、現代のサステナビリティのトレンドを反映したものですが、それは「もしコルビジェが気候変動の時代に生きていたら到達していたかもしれない進化形」を視覚化しているとも言えるのです。AIは過去のデータをリミックスすることで、あり得たかもしれない未来(パラレルワールド)の建築を見せてくれます。

AIはコルビジェの不完全さを再現できるか

しかし、AIが生成する建築画像には、決定的に欠けているものがあります。それは「人間的な揺らぎ」や「意図された不完全さ」です。コルビジェの建築、特に後期の作品には、荒々しいコンクリートの質感(ベトン・ブリュット)や、手仕事による施工の跡、あるいは現場での即興的な変更といった「生の痕跡」が色濃く残っています。

ラ・トゥーレット修道院の壁面に見られる不規則な窓の配置(音楽的リズム)や、ユニテ・ダビタシオンの太い柱に残る木目の跡。これらは、計算された完璧さの中に、あえて人間的な温かみやノイズを残そうとしたコルビジェの意志の表れです。AIの生成する画像は、いかに高精細でも、どこかツルッとしていて物質としての重みや、時間の蓄積を感じさせないことがあります。コルビジェ建築の魂は、きれいなレンダリングパース(完成予想図)の中にあるのではなく、現場での泥臭い素材との格闘の中にこそ宿っているのです。この「身体性」をAIがいかに獲得できるかが、今後の課題となるでしょう。

プロンプトとしての「モデュロール」

コルビジェが発明した独自の寸法システム「モデュロール」は、人体寸法(身長183cmの英国人男性を基準)に基づいた黄金比の数列です。彼はこの数値を建築のあらゆる部分に適用することで、機能的かつ美的な調和を生み出そうとしました。これはある意味、AI時代の「アルゴリズム」や「パラメトリック・デザイン」の先駆けと言える発想です。

もし彼がAIを使うなら、単に「かっこいい絵」をランダムに描かせるような使い方はしなかったでしょう。おそらく、モデュロールという厳格な数学的ルール(制約)をプログラミングコードとしてAIに入力し、そのルールの範囲内で何千、何万というプランのバリエーションを生成させたに違いありません。彼はテクノロジーを礼賛していましたが、それは常に「人間を基準とする」というヒューマニズムに裏打ちされていました。AIという強力な計算機を、「拡張された脳」として使い倒し、人間にとって最も心地よい空間比率を論理的に導き出そうとしたはずです。

建築家の役割は「指揮者」になる

AIが設計プロセスに導入されることで、建築家の仕事はなくなるのでしょうか?いいえ、むしろその役割はより高度なものへと変化していくでしょう。コルビジェのアトリエでは、多くの優秀な弟子たち(前川國男や坂倉準三など)が働いていました。コルビジェは彼らにスケッチや言葉でコンセプトを伝え、弟子たちが作った図面や模型に対して「ノン(違う)」「ウィ(そうだ)」と判断を下すことでプロジェクトを進めました。

AI時代において、建築家はAIという「超高速で働く優秀な(しかし時には暴走する)弟子」を指揮するコンダクター(指揮者)になります。AIが出してくる何百ものシミュレーションの中から、どの案を採用し、どう修正し、最終的にどう社会に実装するか。その「美的決断」と「倫理的判断」こそが、最後に残る人間の仕事です。コルビジェならきっと、AIが生成した美しいが魂のない画像を前に、あの丸眼鏡の奥の鋭い眼光を光らせてこう言ったでしょう。「もっと人間の心を震わせるものを。詩的な感動(エモーション)がない建築は、ただの建設に過ぎない」と。