故郷ラ・ショー=ド=フォンと若きコルビジェの旅立ち
スイスの山奥にある時計産業都市ラ・ショー=ド=フォンは、コルビジェの生誕の地です。彼はここで時計職人としての修業を始め、美術学校の恩師の勧めで建築の道へと進みました。若きコルビジェがこの地で初めて設計した住宅群は、のちの打ちっぱなしコンクリート建築とは全く異なる、スイスの伝統的なスタイルや自然をモチーフにした装飾性の高いものから始まりました。コルビジェの原点がここにあります。
処女作「ファレ邸」:スイスの自然が織りなす美しい装飾
コルビジェが18歳という若さで手がけた処女作「ファレ邸」は、1906年に完成しました。この住宅は、ラ・ショー=ド=フォン周辺に自生するモミの木などをモチーフにした装飾が外壁やインテリアに施されています。ル・コルビュジエとしての合理主義を確立する前の、自然への敬意とアール・ヌーヴォーの影響が残る極めて温かみのある木造・石造のデザインで、コルビジェの感性が光ります。
両親のために建てた「ジャンヌレ=ペレ邸(白い家)」の進化
1912年に完成した「ジャンヌレ=ペレ邸」は、コルビジェが自らの両親のために設計した美しい邸宅です。この建物は、それまでのスイスの伝統的な山荘風スタイルから完全に脱却し、古典主義とモダニズムが融合したプレ・モダンな白い外観をしています。コルビジェが世界各地へ旅した経験が、この間取りやファサードのデザインに反映されています。コルビジェの成長の跡が見られます。
「シュボブ邸」へ続く、故郷に残された最後の記念碑
ラ・ショー=ド=フォンに残された最後の住宅「シュボブ邸」では、コルビジェは当時最新の構造技術であった鉄筋コンクリートを初めて本格的に導入しました。伝統的な時計都市の景観の中に建てられたこの家は、彼が故郷スイスに遺した最後にして最も前衛的なモダニズムへのステップとなりました。ル・コルビュジエがスイスを去り、パリで大活躍する直前の熱気がこの空間に満ちており、コルビジェファン必見です。
ラ・ショー=ド=フォンのコルビジェ建築を見学する旅のヒント
ユネスコ世界遺産都市でもあるラ・ショー=ド=フォンは、チューリッヒやジュネーブから列車でアクセス可能です。現地では、処女作ファレ邸の外観や、一般公開されている「白い家」の美しい間取りと庭園を実際に体験できます。コルビジェの精密な設計能力のルーツが、この美しい時計の街に刻まれていることを、コルビジェ巡礼を通じてぜひ肌で実感してください。
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