天井の高さも、椅子の高さも、窓の幅も、一つの物差しで決める。コルビュジエはそのために、人の体と数学を組み合わせた尺度をつくりました。
モデュロールとは、身長183センチの人の体の寸法と黄金比を組み合わせて、建物や家具の寸法を決めるためにル・コルビュジエが考えた比例の尺度です。
| 名称 | モデュロール(Modulor) |
|---|---|
| 考案 | ル・コルビュジエ(1940年代) |
| 名前の由来 | 「モジュール(寸法の単位)」と、フランス語の「セクション・ドール(黄金分割)」を組み合わせた造語 |
| 基準 | 身長183センチの人。手を挙げた高さ226センチ、へその高さ113センチ |
| 数列 | 赤の数列(113センチを基準)と青の数列(226センチを基準) |
| 実例 | ユニテ・ダビタシオン(天井高226センチ)、カバノン(約366センチ四方) |
| 特徴 | 身長183センチの人の体の寸法(へその高さ113センチ、手を挙げた高さ226センチ)と黄金比を組み合わせた寸法の物差し。赤と青の2つの数列から寸法を選ぶ。 |
|---|---|
| 問題点 | 基準が欧米の成人男性の体格に置かれており、女性や子ども、ほかの地域の人の体には合わないという指摘がある。黄金比の「伝説」と結びつけて語られすぎる面もある。 |
| 評価 | ユニテ・ダビタシオンやカバノンで実際に使われた。少ない寸法の組み合わせで建物全体に秩序を与える方法として、今も設計の参考にされている。 |
空間の「心地よさ」には、数学的な根拠がある
私たちが古い木造の神殿を訪れたとき、あるいはル・コルビジェのサヴォア邸やカバノンに一歩足を踏み入れたとき、不思議な感覚を覚えることがあります。
言葉では説明しにくい、バランスの取れた「心地よさ」や「落ち着き」です。
コルビジェは、こうした感覚を数で説明し、設計に使えるようにしようとしました。
そのために彼が組み合わせたのが、次の二つの要素です。
数学的な美の比率である「黄金比(約1:1.618)」と、人間の「身体寸法(手の長さや身長)」です。
彼が確立したこの独自の比例尺「モデュロール(Modulor)」こそが、空間の心地よさをシステマチックに生み出すための、空間の寸法を体系的に決めるための道具でした。
黄金比(1:1.618)とフィボナッチ数列:自然界が選んだ美の比率
黄金比(Golden Ratio、記号:φ)とは、古くから「美しい比率」とされてきた比で、約1対1.618になります。
この比率は、不思議な数列である「フィボナッチ数列(前の2つの数字を足すと次の数字になる数列:1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21…)」と密接に繋がっています。
この数列は自然界の「ひまわりの種の並び方」や「貝殻のらせん構造」にも見られ、隣り合う数字の比率は、数字が大きくなるにつれて黄金比(1:1.618)に極限まで収束していきます。
コルビジェは、この比率を建築や家具の寸法の基準に使おうと考えました。
「モデュロール(Modulor)」の誕生:フランスのメートル法とイギリスのヤード・ポンド法の架け橋
1940年代後半、コルビジェは「モデュロール(Modulor)」と呼ばれる尺度システムを発表しました。
この名前は、「モジュール(寸法の単位)」と、フランス語で黄金分割を意味する「セクション・ドール」を組み合わせた造語です。
当時の世界では、二つの単位系がバラバラに使用されていました。
「メートル法(科学的・機能的だが人体から離れた数字)」と、イギリスやアメリカの「ヤード・ポンド法(インチやフィート。人間の親指や足の長さを基準とするが、計算が複雑な単位)」です。
彼は、この二つを仲介し、調和させることを目指しました。
彼は、手を挙げた男性の身長(183cm、手を挙げると226cm)を基準に、フィボナッチ数列を用いて寸法を細分化(赤のシリーズ、青のシリーズ)しました。
そして、建築のあらゆる部品(天井高、窓幅、椅子の高さ)の基準サイズを決定しました。
天井高2.26メートル:ユニテ・ダビタシオンの「極小かつ極上の空間」
モデュロールの実用性を証明する最大の実験場となったのが、フランス・マルセイユの巨大集合住宅「ユニテ・ダビタシオン」です。
この建物のすべての部屋の間口、天井高、階段の踏み面、バルコニーの手すりの高さから、外観のコンクリートグリッドにいたるまで、モデュロールの寸法で決められました。コルビュジエ自身、15ほどの寸法で足りたと述べています。
特に注目すべきは、各戸の天井高が「2.26メートル」という、現代の感覚からすると非常に低いサイズで設計されている点です。
通常なら圧迫感を感じるはずのこの高さですが、2層分の高さをもつ居間の吹き抜けや、大きな窓と組み合わされています。
そのため、数字から想像するほどの圧迫感はありません。
赤の数列と青の数列
モデュロールには、2つの数の列があります。一つは、へその高さ113センチを基準にした「赤の数列」です。
赤の数列には、27、43、70、113、183センチといった数が並びます。どれも、前の数に黄金比をかけた値に近くなっています。
もう一つは、手を挙げた高さ226センチを基準にした「青の数列」で、86、140、226センチなどが並びます。2つの列を組み合わせることで、細かな寸法まで選べるようになっています。
カバノンもモデュロールでできている
コルビュジエが晩年に南フランスの海辺に建てた小さな休暇小屋「カバノン」も、モデュロールで寸法が決められています。
部屋は約366センチ四方。これは基準の身長183センチのちょうど2倍です。天井の高さも226センチに合わせられています。
わずか8畳ほどの小屋に、ベッド、机、洗面台、収納が無駄なく収まっているのは、体の寸法から割り出した数で細部まで決めたからです(カバノン)。
「黄金比の伝説」には注意が必要
黄金比は、パルテノン神殿やピラミッド、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵などに使われていると紹介されることがよくあります。
しかし、それらの作者が本当に黄金比を意図して使ったのかどうかは、はっきりしていないものが多いのです。後から測って、近い比を見つけた例も少なくありません。
コルビュジエの場合は、自分で黄金比を使うと宣言し、数列として整理しました。意図して使ったことが確かな例として、区別して考えるのが適切です(モデュロール)。
本になったモデュロール
コルビュジエは、この尺度の考え方を1950年に著書『モデュロール』にまとめ、1955年には続編も出しています。
本の中では、ユニテ・ダビタシオンの設計には15ほどの寸法があれば足りたと述べています。少ない数の組み合わせだけで、建物全体を秩序立てられるというのです。
アインシュタインとの対話もこの本で紹介され、モデュロールの名を広めることになりました(モデュロールとアインシュタイン)。
現代の住まいやグラフィックデザインにモデュロール比率を応用する方法
このコルビジェのモデュロールの思想は、現代の住宅設計やDIYの棚作り、さらにはWebデザインのレイアウト(余白の取り方)や資料作成のグラフィックレイアウトにおいても非常に効果的です。
例えば、部屋の家具を配置する際、テーブルの幅と高さの比率を「1:1.6」の黄金長方形に近づけてみます。
あるいはWebページのメインビジュアルとサイドバーの幅の比率を、「62%対38%(約5:3)」の黄金分割に設定します。
それだけで、全体が整って見えやすくなります。
比率のルールを先に決めておけば、迷わずに寸法を選べるのも利点です。

