「Standard(標準)」を疑え:ゼロベース思考
ル・コルビュジエのデザイン思考の根幹は、「常識への徹底的な問い直し」にあります。彼は当時の典型的な住宅様式(分厚い石の壁、小さな窓、急勾配の屋根)を見て、「なぜこうなっているのか?」と疑いました。それらは「過去の技術的制約」の結果であり、新しい時代の「標準」ではないことに気づいたからです。
彼は鉄筋コンクリートという新素材의特性を因数分解し、そこから導き出される論理的な帰結として「ピロティ」や「水平連続窓」を提案しました。現代のビジネスやプロダクト開発においても、既存の解決策に安住せず、「そもそもユーザーは何を求めているか?」「物理的な制約は何か?」という第一原理(First
Principles)に立ち返る思考こそが、イノベーションへの第一歩です。
UXデザインとしての「建築的プロムナード」
コルビジェは建築を静止した「箱」としてではなく、人が動き回ることで体験する「時間的なシークエンス(連続的な物語)」として設計しました。これを彼は「建築的プロムナード(散策路)」と呼びました。
サヴォア邸のスロープを登るにつれて視界が変化し、空、緑、建築が次々と現れるドラマチックな展開は、まさに現代のWebサイトやアプリにおけるユーザー体験(UX)設計そのものです。「ユーザーが次に何を見たいか」「どのような感情で移動するか」。時間軸を含めた能動的な体験のデザインこそが、人の記憶に残る価値を生みます。彼は100年前に、すでにUXデザイナーだったのです。
制約こそが創造の母である:モデュロール
「ドミノ・システム」や「モデュロール」といった彼の発明は、実は自らに課した「制限」でもありました。モデュロールは人体の寸法に基づいた黄金比の数列ですが、彼はあえてこの数値を設計のルールとして採用しました。
一般的に、制限は自由を奪うものと考えられがちです。しかしコルビジェは、無限の選択肢の中で迷うよりも、厳格なルールという「グリッド」の上で遊ぶ方が、より自由で創造的になれることを知っていました。デザインの世界では、予算、技術、納期といった制約はつきものです。しかし、「制約は敵ではない。創造性を高くジャンプさせるための踏み台だ」。彼の仕事はそう教えてくれます。
プロトタイピングとプラットフォーム戦略
彼が発表した「ドミノ・システム」は、現代で言うところの「プラットフォーム戦略」の元祖です。彼は個別の住宅をゼロからカスタムメイドするのではなく、汎用性が高く量産可能な「骨組み(OS)」を先に作り、そこに壁や窓といった「アプリ」を自由に配置する戦略を取りました。
これにより、世界中のどこでも、安価で質の高い住宅を供給できると考えたのです。これは、現代のSaaSやアジャイル開発におけるMVP(Minimum Viable
Product)や、デザインシステムのアプローチと驚くほど共通しています。スケーラビリティ(拡張性)を最初から設計思想(アーキテクチャ)に組み込むことで、彼は建築家個人の枠を超えた社会的影響力を持つことができたのです。
「思考の補助線」としてのスケッチと絵画
機能主義の権化のように言われる彼ですが、その思考プロセスは極めてアーティスティックでした。彼は毎朝、アトリエで絵を描く時間を何よりも大切にしていました。絵画という「純粋な造形の実験場」で形のバランスや色の調和を試し、そこで得た発見を建築という実務にフィードバックしていました。
異なる領域を行き来することで視点をリフレッシュし、論理(建築)と感性(絵画)を高い次元で統合する。この「クロス・ドメイン(領域横断)」な活動こそが、彼のデザインに深みを与えています。専門分野に閉じこもらず、常に「遊び」の領域を持つこと。それが創造性の枯渇を防ぐ秘訣かもしれません。