「未完の美術館|国立西洋美術館」とはどんな本か?
概要:「なぜ、国立西洋美術館だけが“未完”なのか? 隠された意味とは?」
20世紀建築を代表するル・コルビュジエは、建築・芸術・社会を「調和」へと導くユートピア思想を生涯追求してきました。
東京都・上野に位置する**国立西洋美術館(1959)**は、その思想が最も鮮明に現れた実作として高く評価され、2016年には“ル・コルビュジエの建築作品群”として世界遺産に登録されています。
本書は、この美術館をドイツの若手美術史家がイコノロジー(図像解釈学)的手法によって解読した、極めてユニークな研究書です。 建築の形態分析にとどまらず、コルビュジエが抱いた宗教観、人間観、都市計画思想、そして芸術への信念を丁寧にすくい上げることで、 国立西洋美術館建設プロジェクトの理想の深み、「隠された意味」に迫ります。
内容紹介:美術館の奥に潜む“コルビュジエのもう一つの意図”を探る旅
本書が扱う中心テーマは、ル・コルビュジエが創作の根底に置き続けた**「調和(harmonie)」**という概念です。
著者は、建築空間の構成や動線計画、展示空間の光の扱い、そして松方コレクションの成り立ちにも目を向けながら、国立西洋美術館というプロジェクトがコルビュジエの思想的核心とどのように結びついているのかを丹念に検証します。
さらに本書の特徴として、コルビュジエが青年期に関わった**「ムンダネウム(Mundaneum)」構想**との関連に触れている点が挙げられます。
ムンダネウムとは、オットー・ノイラートらの国際主義的理念と接続しながら、世界の叡智を普遍的に整理・展示しようとした壮大な知識体系化プロジェクトです。
著者は、このムンダネウムに見られる「知の統合」「普遍的秩序」「人間性の再生」というテーマが、のちの国立西洋美術館にどのように連続しているのかを考察します。
特に、
■知識と芸術を通じて人類を導く空間
■光と動線によって“精神の旅”を経験させる展示構成
■無限に拡張できる“未完”の建築(ムゼ・ア・クロワサンス・イリミテの理念)
といった要素は、ムンダネウム的思想の成熟形として読み解けると著者は論じます。
これまで国立西洋美術館については、前川國男・坂倉準三・吉阪隆正らとの協働関係や、日本におけるモダニズム受容、建築史・技術史の視点から多くの研究が行われてきました。
しかし、ムンダネウムから国立西洋美術館に至る“思想史的連続性”に焦点を当てた研究はきわめて稀でした。
著者はまえがきで次のように述べています。
「本書では、ル・コルビュジエの『調和』観について、また、彼が国立西洋美術館で追い求めた調和について論じます。
国立西洋美術館の建築やその収蔵品、あるいは前川、坂倉、吉阪との関係を扱った著作はこれまで多く出版されてきました。
ところが、この国立西洋美術館建設プロジェクトの理想の深み、いわば隠された意味まで掘り下げた著者はまだほとんどいませんでした。
しかしこのプロジェクトの根底には、ル・コルビュジエの成功と失望、ユートピア思想が流れています。
このプロジェクトは、そのユートピア思想を実現するための彼の苦悩の物語であり、人間社会にとっての芸術の価値を求める物語だったのです。」
国立西洋美術館とは何を象徴しているのか。
そして、なぜこの美術館は「未完の美術館」と呼ばれるのか。
ムンダネウムから連続する“ユートピア思想の流れ”を踏まえつつ、本書はその核心に迫ります。
本書の目次
・世界を説明し、来館者に現実を直視させ、未来に備える 山名善之
・はじめに
・第一章 プロトタイプ
国立西洋美術館計画の発端 パリ会合
インドのプロトタイプ
世界を表現する
・第二章 歴史の使命
無限成長博物館
ムンダネウム世界博物館の影響その1 持続する美術史、ひろがる美術館
ムンダネウム世界博物館の影響その2 19世紀ホール
国立西洋美術館を理解する鍵 牝牛XVIII
・第三章 調和にむかって
第一次機械時代をこえて
「統合」のビジョン
・まとめ
・主要登場人物
・謝辞